そこは暗闇だった。

上も下もない。

そんな暗闇の中に一人、七夜黄理がたたずんでいた。

彼の表情は暗い。

何故ここにいるのだろう?という疑問から、記憶を再生したとき彼はすべてを思い出した。

鬼の襲撃、一族全員と最愛の妻と息子との別れ。

その事実が彼の心を凍てつかせる。

その時、背後に気配を感じた。

それと同時に叫び声が響く。

「父さん!」

「御館様!」

振り向くとそこには妻、真姫と息子、志貴がいた。

「真姫!志貴!」

その声の響きは死んだはずの家族に会えた歓喜の声ではなく、悲しみの声だった。

なぜなら二人の頭をあの軋間紅摩をつかんでいたからだ。

「真姫!志貴!」

急いで二人のもとへ行こうとするが足が動かない。

赤黒い何かがまとわりついている。

それは今まで彼が殺してきた混血の男達だった。

その体は血まみれでガリガリに痩せており餓鬼のようだった。

「くそっ!放しやがれ」

いくらふりほどこうと離れずそして、

ブシュ

そんな音を立てて二人の頭部は握りつぶされた。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

「はっ!」

夢の中で上げた自分の大声で黄理は目を覚ました。

身を起こして周囲を観察する。

その部屋は和室で閉め切っており時計も窓もなく、そのため今が昼か夜かの判断はつかない。

彼が住んでいた家も和風だったがこのようなは部屋はなかった。

その時正面の襖が開いた。

そこには黒い洋服を着た少女がおり、

「……」

何も言わず手招きをしている。

「誰だてめぇ!」

目の前の少女からはなんの力も感じられない。

しかし周囲の状況が全く分からないため、たとえ何の敵意も感じられない少女とはいえ警戒するに越したことはない。

「……」

再度少女は手招きをするが黄理が動くことはない。

少女もそれを理解したのか口を開いた。

「…衛宮士郎…」

「何!?」

その名はあの夜に出会った少年が名乗ったもの。

「ここにあいつがいるのか?」

「…(コクリ)」

何も言わずその少女はただうなずき、再び手招きをした。

「ついて来いってことか?」

「…(コクリ)」

再度うなずく少女に従い黄理はその部屋を出た。

 

 

 

 

 

少女について入った部屋にはあの謎少年衛宮士郎がいた。

「おはようございます、黄理さん。いえ、いまは『こんにちは』の方がいいですかね?」

部屋に入りテーブルの前に座った黄理に士郎はそう口を開いた。

「お前はいったい何者だ?」

「それも含めて後でご説明しますから今はお昼にしませんか?」

そういって士郎は土鍋を士郎と黄理の、少女にはイチゴのショートケーキを一切れ置いた。

「悪いが今は―」

「人間というものは不思議な生物でしてね。どんなにいやなことがあってもおいしいものをおなかいっぱい食べれば少しは気分が良くなるんですよ」

そういって士郎は再度黄理に目の前の料理を勧めた。

仕方なく土鍋のふたを開ける。

士郎が作ったのはおかゆである。

今の黄理の胃はおそらく精神的なショックからあまり食べ物を受け付けないだろうと考え消化のよいおかゆを作ったのだ。

蓮華で米をすくい、口に運ぶ。

塩だけで味付けされた物だが、黄理にはどこか暖かい味がして、彼の妻が作ってくれた料理を思い出させた。

再度口を付けたとき塩味が強くなったように感じた。

黄理は結局それが涙の味だと気付かなかった。

 

 

 

 

 

「改めて自己紹介をします。俺の名前は衛宮士郎。衛宮切嗣の義理の息子です。この子はレンちゃんです」

食事が終わり士郎はそう言った。

「七夜黄理だ」

黄理もそう返す。

「ここは俺の家です。と言っても今まで海外にいて、帰ってきたばかり何ですがね。あなたに会いに行ったのは父さんの日記にあなたのことが書かれていたからです。それによれば父さんは戦場であなたと出会ったと書いてありましたが…」

「戦場っていうのは言い過ぎだ。俺が混血の奴らを狩に行ったときあいつも同じ獲物をねらっていただけだ」

「それはどんな状況で?」

「そうだなぁ…あいつと会ったのは…」

黄理は脳裏にある男との出会いを再生した。

 

 

 

 

彼、七夜黄理が衛宮切嗣とであったのは彼が二十歳になったばかりでまだ結婚する前のこと。

その日、彼はとある混血の男の屋敷にいた。

その男はとある事業で富を築き、稼いだ金の一部で孤児院を建てるなど世間では慈善事業家として非常に有名だった。

しかしその裏では海外から人間、特に幼い少女を買っていた。

それが何の目的かは不明だがその少女が男の屋敷に売られてから一週間後には同じ人数の遺体が車によってその男の私有地で捨てられているのが発見された。

その遺体は人の姿をしておらず、死体を見慣れている七夜の人間でさえ全員が口元押さえた。

その後その男の狩に選ばれたのは黄理だった。

理由はどうやら七夜の行動をかぎつけたためここ数日男の周囲を武装した数十人の護衛が固めているからだった。

しかしその護衛も結局はなんの役にも立たず黄理の前であっけなく死んだ。

これはある意味当然結果である。

いくら銃や近代兵器で身を固めようと屋外であれば気配を殺して近づき、屋内であれば遮蔽物の多さから逆に自分の首を絞めることになる。

そして今最後の護衛は目の前で首を切断され死んだことさえ理解できず死んだ。

後は屋敷の奥に逃げ込んだ混血をしとめるだけである。

―キィキィ―

廊下は鴬張りなのか歩くたびに音がする。

しかし暗殺者としての頂点にいる彼にそんなものは無意味で、すぐに音がしなくなる。

そして混血が逃げ込んだ部屋へ向かおうと角を曲がろうとしたとき彼は凍りついいた。

―キィキィ―

鴬張りの音がする。

それ自体は問題ない。

自分が得た情報にはない護衛がいたとしてもおかしくはないからだ。

しかしそれはありえない。

なぜならこの音を鳴らしている者の気配がまったくしないからだ。

護衛だとしたらわざわざそんなことをする必要はない。

そしてわざわざ鴬張りの廊下で音を立てるのもおかしい。

鴬張りは外部侵入者を探知するためのである。

しかし自分でさえ気配が読めない者がその程度のことをできないはずがない。

ゆえにその人物はわざと音を立てている。

目的は不明。

ゆえにここでは観察するのが得策。

そう思い、その人物の姿を見ようと廊下の角からわずかに顔を出す。

彼がいるのはT字の廊下の端。

その人物はちょうど廊下の真ん中の角を曲がろうとしていた。

性別は男、服装は黒いコート、武器は銃。

そして彼が今曲がった廊下のつきあたりには混血の男の書斎があり黄理は混血の男が逃げた場所だと当たりをつけていた部屋だった。

(させるかっ!)

黄理はいやな予感がして角から一気に男の本へ向かう。

その男が混血の部下であるなら問題はない。

ここで殺せばすむだけである。

しかし問題なのはその男が自身と同じように混血を消しに来た場合だ。

無論その男がしとめるならわざわざ彼が殺す手間が省けるのだが黄理自身はそれを許さなかった。

なぜならそれは仕事を横取りされたということ。

それは七夜の長として、一人の暗殺者として獲物を横取りされるのは許せない。

角から飛び出すと同時に左手の撥を投擲する。

「!」

男は撥が投擲された直後に気づき、紙一重の差でよけた。

そして視線が黄理を捕らえてからコンマ何秒かの差で、トリガーを引く。

(何!)

それは純粋な驚きだった。

今まで彼がほふってきた銃を使用する者に比べればあまりにも速く、そして正確な射撃だったからだ。

無論そう簡単に傷は負わない。

すでに男がトリガーを引く時点で天井に飛び、さらに天井を蹴って男に近づく

男も天井に飛んだ黄理を認識すると同時に後ろに下がる。

そして地面に着地する瞬間を狙い打つ。

「ぐっ!」

しかし空中での無理な体勢で打ったためか弾丸は右肩をえぐっただけで黄理の足を止めることはできず、男の首筋に撥が当てられる。

しかし男も負けておらずいつのまにか取り出しておいたナイフを黄理の首筋にあてる。

しかも男はもう片方に拳銃を構えて折りその銃口は黄理の胴体に向いていた。

その時になって彼は初めて男の目を見て冷や汗をかいた。

彼の目に揺らぎはない。

彼が腕を動かすだけで死ぬかもしれないというのにその男の目に恐怖は一片も映っていなかった。

「俺の…負けか…」

黄理の口から小さな呟きが漏れる。

状況的にはどちらも互角である。

しかしこの状況ではどちらも攻撃をよけることはできずどちらも致命傷を負うだろう。

そのとき不利なのは黄理だ。

拳銃という武器の厄介な点は傷の治りにくさだ。

切り傷などなら傷口を塞ぐことで何とかなるが、銃弾の場合、体内に残留して何らかの障害が残り、貫通しても内部からの出血を防げず結果、戦闘の続行は厳しい。

なにより黄理自身、この男に勝てる気が一切しない。

「君は何者だ?」

すでに勝敗は決まっており、勝者である相手の男が問いかけてくる。

「ただの暗殺者だ」

「暗殺者?目的は?」

「この奥の部屋にいる混血の野郎だ」

その言葉を聞き数秒黙った後彼はナイフをしまった。

「なぜ殺さない?」

黄理の問いは至極まともである。

もし彼が自身と同じく混血を殺しに来たのなら黄理を生かしておくメリットがないからだ。

目の前の男の正体がわからない相手を信用するような素人でないことはすでにわかっている。

返答は帰ってこず、男は黄理を無視して奥の部屋に向かう。

黄理としても仕事を終えるまで帰るつもりはなく同じように男の後を追う。

 

木製のドアの前に二人が立っている。

「どうする?」

黄理が隣にいる男に問いかけた。

このドアの向こうに混血の男がいるのは確かだがドアを開けた瞬間何らかの攻撃は予想できる。

男は無言で懐からキウイのような形をしたものを取り出した。

それについている金属を引き抜くとドアをほんのわずかに開けそれを室内に放り込む。

次の瞬間ドア越しに爆音が鳴り響いた。

「!!!!!!!!!!!!」

聴力の鋭い黄理にその音は自身の近くに雷が落ちたような錯覚起こした。

当の本人はそんな音などきにせずドアを開ける。

室内はまるで火事があったかのように焼け焦げており、そんな部屋の一角で二人の男が目を抑えてうめいていた。

一人は混血の男でもう一人の金髪の男を黄理は知らなかった。

「ミハイル・ベントだな?」

男が金髪の男に問いかけた。

自身の名前が呼ばれ、うめいていた男が顔を上げると同時に悲鳴を上げた。

「エ、エミヤキリツグ!?なぜここに!?」

「教会からの依頼で貴様を消しに来た」

端的にそう告げ、その男に銃口を向ける。

「くそっ!こんなところで死ぬか!燃えろ!」

魔術師として自身への暗示の呪文を口にする。

その男の前に直径50センチほどの炎の玉が出現する。

しかしその炎が役割を果たすより男の眉間を弾丸が通過するほうが速かった。

「がっ!」

そんな声を上げて金髪の男は死に、今度は混血の男に向き直る。

一方、すでに気づいた混血の男は黄理のほうを向いて震えていた。

「七夜黄理!くそまさかきさまだったとは!」

「恨むなら自分の所業恨むんだな」

瞬間男の首が切断される。

「終わったかい?」

隣で見ていたコートの男がそう問いかける。

「ああもうこの屋敷には俺たちしかいない」

「そうか」

今まで同様に感情という者が全く感じられない男を黄理はもう一度見る。

自分と同じ日本人。

しかし瞳はまるで機械のように光がない。

そんな人間を彼は見たことがない。

まるで死人のような男はコートからたばこを取り出し、火をつける

数秒ほどすい、まだ十分に残ったそれを彼は床に放り投げる。

たばこの火は死んだ魔術師が着ていたコートに燃え移り徐々に勢いを増していく。

すでにこの屋敷に用はなく二人はそこを後にした。

 

「お前、名前は?」

屋敷の玄関を出た後黄理は男にそう問いかけた。

背後ではすでに火の手が屋敷全体に広がっているがどちらも気にしなかった。

すでに彼の名は死んだ魔術師から分かっていたが、彼としては本人から聞きたかった。

「…君は?」

「俺は…七夜黄理。暗殺者だ」

「僕は…衛宮切嗣。正義の味方だ。」

その返答に彼の脳は一瞬凍った。

先ほどまでと雰囲気が全く違う。

そこにいるのは先ほどまでのただ殺すだけ冷たい機械ではなく温かみをもった人間。

極めつけは正義の味方。

暗殺者である彼からすればそんなものは存在しないと分かっている。

この世に絶対の悪が存在しないのと同様に、絶対の正義もない。

目の前の男ならばそんなことは分かっているはずだ。

しかしそれでもそう名乗るこの男に切りは心の底から確信した。

「なるほどな、俺じゃ勝てねぇわけだ」

この男には勝てない。

覚悟が違う。

自分のように甘さがないのだ。

そしてそれは自分が目指していたもの。

だが、彼には無理だ。

この男のようにただ何も考えずに人を屠ることだけはできない。

「あばよ、正義の味方」

ものここ用はない。

切嗣に背を向けると黄理は去って行った。

 

「まぁ、こんな感じだ。そのあとも何度か会ったがそれでもあいつは初めて会ったときと変わんなかったがな」

「へぇ、父さんってそんな人だったんですか」

「知らなかったのか?」

「おれが父さんの息子になったのは今から7年前ですから」

「なるほどな、であいつはどこにいるんだ。」

「父さんは…死にました。おれが養子になってから1年後に」

「あいつが…死んだ?

一瞬それは嘘だと彼は否定したかった。

愚直なまでに正義の味方であろうとした男がそう簡単に死ぬとは思えなかったが、

「そうか…あいつが死んだか…」

彼は静かに戦友の死を受け止めた。

 

「さて、それで昨夜のことに関してなんですが…」

士郎の言葉に黄理の眉間にしわが寄る。

できれば聞きたくなかった。

できれば夢であった。

だがしかし現実はそこまで優しくはない。

「あなたを連れ帰った後、二時間ほど捜索しましたが森は焼き払われ、生存者はいませんでした」

「そうか…」

すでにわかっていたことだ。

もうあの声はもうあの笑顔は、この世に存在しないのだと。

「それでこれからのことなんですが…どうするおつもりですか?」

「どうするか…」

それはわからない。

一夜ですべてのもの奪われ、なにもできず一人だけ生き残った彼に何かをする気力はない。

しかしあることだけは決めていた。

「遠野を…つぶす」

そう、それだけは譲れない。

「そうですか…ですがそれは最低でも五年は待ってください」

士郎は黄理の答えにそう返す。

「五年か…そうだな、確かに今の俺じゃ無理だからな」

昨夜黄理が軋間紅魔に負けたのは油断していたのもあったが、単純に力が足りなかったからだ。

だから負けた。

そしてそんな彼が混血の長たる遠野に今挑んでも勝てるはずがない。

「そんなに気負わないでください。時間はあります」

「ああ…そうだな」

 

「それで…真姫さんのご遺体なんですがどうされますか」

さっきとは別の理由で額にしわが寄る。

「傷はすべて消しておきました。火葬でしたらここで。土葬されるのであれば七夜の森まで運びますが」

「…ここで火葬する」

「そうですか…わかりました。ついてきてください」

そう言って案内されたのは黄理が寝ていた部屋の隣で、そこには傷一つない七夜真姫が寝かされていた。

「……」

黄理は何も言わずその顔をじっと見下ろしている。

士郎は部屋に入らない。

それは自分への怒りから。

もしあの時もっと早く七夜の里についていれば助かったのかもしれない。

仮に真姫が致命傷を負って死にかけていてもガーディアンを使いその傷を負ったこと自体を消せば何とかなったかもしれないが一度死んでしまえば無理だ。

確かにそうすれば彼女は生き返るかもしれないが、その人物に魂はなくただ生きているだけの文字通り人形でしかない。

むろん黄理はそんなことを望まないだろう。

 

黄理は目の前の炎を見つめている。

その右手に握られているのは鉄の球。

そして彼の首から提げられている鎖にも全く同じ物がついている。

それ自体は何の価値もない。

しかし彼にとってそれは何者にも買えがたい代物だった。

その球はどちらもかつて彼が使っていた撥を加工して作られた物。

しかし激しい修行に耐えられず折れてしまったそれを、彼は持っていた。

そして真姫と結婚したときその折れた撥を七夜の特殊な技術で錆びない用に加工して彼女に渡したのだ。

「撥は二対一組。夫婦も同じだ。だからおまえに受け取ってほしい」

そう言って真姫に渡したのがその鉄球だった。

だが今は二つとも黄理の手の中にある。

それは冷たく、その冷たさがより彼の心を悲しくさせた。

 

 

 

 

 

「爺さん、頼みがある」

志郎は藤村雷画の顔を見た。

5分ほど前に志郎は藤村組を訪れ、昨日とおなじく雷画の前にいる。

違いがあるとすれば志郎の隣に黄理が居ることだ。

すでに彼が切嗣の知り合いで、昨日志郎が会いに行った人物だという説明は受けている。

なぜ彼がここにいるのか。

そのことに関しては聞かず彼は志郎の次の言葉を待った。

「この人のために偽造パスポートを作ってほしい」

「何?」

志郎の言葉に彼は眉をひそめた。

雷画は冬木市では善人として知られているが、仮にも極道を名乗っているのだ。

そう言ったところとつながりがなくもない。

しかし家族同然の志郎からの頼みとはいえ何も聞かずに了承はできない。

「パスポートの偽造か・・・できなくはないが理由を聞かせろ」

「簡単なこと。この人は社会的に存在しない人だから」

その言葉で彼の表情から感情が消える。

「なぜだ?」

「この人の一族は全員が暗殺者だったから」

そう言って志郎は混血のことをかくして昨夜のことを話した。

 

「なるほどな」

士郎の話に雷画はとりあえず相槌を打った。

今の話にはどこか違和感を覚えたがそのことに関して聞かないことにした。

代わりにもう一つ気になることを聞いた。

「なぜそんなやつと切嗣は知り合いだったんだ?」

そう暗殺者である彼と切嗣との接点が気になった。

彼が切嗣と知り合いになったのは大河の紹介で、彼自身あまり切嗣のことを知らないのだ。

「それは……父さんが傭兵だったから」

「傭兵?」

「そう。死んだことは知られてなくて今でも結構有名らしいよ」

嘘は言っていない。

黄理との出会いも聖堂教会からの依頼だったからだ。

「なるほどな」

その説明にある程度は納得した。

彼が切嗣を初めてみたとき、機械のような冷たい印象があった。

士郎を引き取ることの相談を受けたときの差には驚いたが、その理由をようやく彼は理解した。

 

 

 

 

「それでこの後はどうする?」

パスポートについては既に了承している。

「この街も変わったと思うし、帰ってきたばかりで食べるものがないから、買い物がてら三人で散策に行こうと思ってるけど…」

「そうか……お前柳洞寺って覚えてるか?」

「お山にあるお寺でしょ?」

「そうだ。そこにお前と同い年の柳洞一成って小僧がいる。おれが連絡しとくからそいつ案内してもらえ」

「いいの?勝手にそんなこと言って?」

「いいんだよ。あいつんとこのガキはどっちも女っ気がないから男でもお前みたいな知り合いがいた方がいいんだよ」

「爺さんもひどいな〜、まぁ俺が気にしても仕方ないけど」

彼はこう言っているが結局のところその一成という少年を気にしているのだろう。

士郎は『そういえば元からこんな性格だったな』と心の中でつぶやいた。

 

柳洞寺

古くから冬木にあるこの寺の歴史は古く、仏教徒でなくともこの寺に参拝するものも多い。

しかしそこに至るまでの石段はつらく慣れていない者は半分のぼるだけで息が切れる。

そんな石段を士郎たちは一歩一歩踏みしめるように登って行った。

 

林に包まれた階段を昇る。

登り切ると見事な門がありそこから見えるのは、歴史を感じさせる大きな伽藍がある。

自然と三人から息が漏れる。

レンは初めて見る寺に、黄理は七夜の里のような静けさに、士郎は木造建築でありながらここまできれいな形で残っていることに驚いた。

「何か御用ですかな?」

そんな三人に掃除をしていた僧が訪ねてきた。

「すいません。ここに柳洞一成という方はいますか?」

「ええいますよ。彼に何のご用でしょうか?」

「藤村雷画の紹介でこの街を案内してもらえると聞いたのですが…」

「ああ、君がそうか。しかし確か聞いていた話では女性は女の子一人だけだと…」

その僧はいぶかしげに士郎の顔を見ている。

その反応に士郎は彼が何を考えているのかすぐに分かった。

「失礼。自己紹介がまだでしたね。おれは衛宮士郎。男です。昨日まで六年間海外留学に行っていました。」

「おおこれは失礼。君があの士郎君か」

「あの?」

「ああ、雷画殿がよく話しておられた。不思議な感じの子供だと」

「そうなんですか?」

「まぁなんとなくわかるがね」

「そう…ですか…?」

「いやすまない本人に言うことではなかった。忘れてくれ。一成を連れてこよう」

 

「一成」

部屋で座禅を組んでいた少年に僧が呼びかけた。

「何用ですか零歓兄?」

「雷画殿に頼まれた少年が来たぞ」

「わかりました。すぐにいきます」

零歓についていくと白髪に紅い眼をした人物が待っておりその後ろには黒い洋服を着た少女とがっしりした体格の男性がいた。

「零歓兄、確か話では女性は女の子一人だと…」

白い髪を赤いひもで縛ったポニーテールの人物を見て一成は首をかしげた。

「一成、こちらの方は男性だぞ。前に雷画殿が話していた衛宮士郎だ。」

「……っ!これは失礼を。おれは柳洞一成といいます。以後よろしく頼みます、衛宮殿」

「衛宮でいいですよ。おれも一成でいいですか?」

「かまいません。それで後ろのおふた方は?」

「俺の同居人です。この娘はレンちゃん」

「……(コクリ)」

「こちらは父の友人の……七月王理さんです」

「……よろしくたのむ」

それが彼の新しい名である。

七夜という一族はもういない。

真姫を火葬したとき黄理はそう思った。

自分以外に七夜がいないならばそれを名乗っても仕方ない。

それどころか生きていることを遠野たちに嗅ぎつけられたら助けてもらった士郎にもうしわけがない。

ゆえに新たな名を名乗ると決めたのだ。

しかし士郎はだからと言って完全に捨ててしまうのはどうかと考えた。

そこで少しだけ手を加え、夜を象徴する月を、黄の音読みである「おう」という字を王にしたのだ。

「それで衛宮はどこを案内してもらいたいのですか?」

「新都の方は今度三人でゆっくり回るので、今日は買い物をしたいので商店街の方をお願いします」

「わかった。ではすぐに行きましょう。急がないと日が暮れてしまう」

「そうだな。ここに来るまでだいぶ時間がかかったしね」

 

午後4

夕暮れ時のこの時間、商店街は主婦たちでにぎわっている。

「主だったところはこんなところだが…」

「ありがとう一成。おれたちはこのまま買い物続ける。今日はありがとう」

「どういたしまして。しかし雷画殿が言っていたとうり衛宮は不思議な人物だな」

「あのお坊さんにも言われたよ。しかしそんなに変ってるかな、俺は?」

「そうではない。ただ何のというか衛宮とはとても同い年に思えなくてな。仙人と話しているように思えた」

「そうか普通に過ごしてきたつもりなんだが…」

「しかしそれが衛宮のいいところだと思う。今日一緒に話していて俺はそう思った。今後もよろしく頼む」

「こちらこそ」

握手を交わし一成が帰ろうとしたとき、声がかかった。

「柳同、そいつ誰だよ」

その声の方を向くと23人の女子を侍らした男子がいた。

「間桐か…」

「質問に答えろ。柳洞そいつは誰だよ?

その男子、間桐が士郎に視線を向ける。

「この街にそんなやつはいなかっただろ」

その問いと士郎に対して下卑た視線を向けらことから一成は彼が何を言いたいか理解した。

「間桐、何を勘違いしているか知らんが彼は衛宮士郎。男だぞ」

「へっ?」

間桐の顔が凍りつき、取り巻きの女子から声が漏れた。

「くっくっく、あははははは」

しかしすぐに間桐の口から失笑が漏れた。

「こいつは傑作だ。冬木一の堅物の柳洞がとうとう女に手を出したと思ったら、男だったとはね。いやいやさすがは柳洞寺の跡取り息子だ。僕は見直したよ」

周囲の女子も間桐につられて腹を抱えて笑っている。

「たわけ!誰がそんなことをするか!街を案内してほしいと頼まれたからだ!」

「いいよ、無理して否定しなくても。じゃ行こうか」

一成の話も聞かず間桐はそのまま女子を連れてどこかへ行ってしまった。

「全くあいつはいつもそうだ」

「一成大丈夫か?」

ことの成り行きを黙って見ていた士郎が声をかけた。

「ああ大丈夫だ、まったく…」

「誰なんだ?」

「俺の学校のクラスメートで真桐慎二という男だ。全く何度注意しても態度を直さん」

「そうか。おれはああいう奴は好きだけど」

「何を言ってる、衛宮!あんなふらふらしたやつのどこが!」

「でも我慢しないで好きに生きることもいいことだと俺は思うけどな」

「たわけ、おれたちはまだ中学生だ。世の仕組みなど何も知らんのにそんなことにうつつを抜かしてどうする」

「なるほど。お前の言うとおりだ。おれたちはまだまだガキだからな」

士郎は今だ自分が14歳だということ思い出した。

 






あとがき

どうもNSZ THRです。

黄理と切嗣との出会いはこれしか思い浮かびませんでした。

一成と慎二ですが一成はいいとして、慎二は中学からの知り合いでしたので雷画と柳洞寺の父親の父親が知り合いというネタからつなげました。


管理人より
      ご無沙汰です。
      投稿ご苦労様です。
      黄理のリベンジ開始は最低でも五年後ですか。
      そうなると志貴の戸籍は抹消されますね。
      また黄理がいかにして力を付けていくか楽しみにさせて頂きます。